見ている誰かの前で。。

気が向いたときに、記憶を辿りながら、ブログを書いています。

その日に起きたこと、あったこと。
それをすぐに言葉に変えることはできないのだけど。
でも、少し時間が経ったから言葉にしやすいこともあるし、あらためて思いがまとまっていることもあるし。

とくに。

触れたり、触れられたり。
感覚的なこととか。

言葉に表すことが難しいこととか。

このあいだの、スカートの中での刺激は、とても言葉にするのは難しくて。

その日だけに限らず、それ以外のときも。

どんな行為であっても。

どう思ったとか。
どう感じたのかとか。

言葉ひとつではないし、それを文章にしようとしたら、ぼんやりとしたものが具体的に変わるし。
わたしには難しいなって思います。

それを文章にしようとしたときに、そのときには思ってもいなかった感情が生まれるのだし。

TTさんに抱えられるようにして、刺激を受けているとき。
わたしの姿を知るのは、そのときに同じ場にいるTTさんだけです。

どんな姿を見られても、どんな場所を見られても。
そこにいるのは、わたしとTTさんだけ。

でも、それをブログにしようとしたとき。
TTさんとのふたりきりの空間ではなくて、その場に誰か別のひとがやってきたような。
そんな雰囲気に記憶が変わります。

誰かに見せたいわけでもないし、見て欲しいわけでもないし。

ただ、そのときのことを知られることは、わたしがブログに書いた文章を見られることで、見た人の記憶の中でリアルなことになるんじゃないのかな。。。。と。

わたしが記憶を辿っただけなのに。

ブログを見て、頭の中でそれを描いて・・。

その中の記憶で、わたしのことが再生されているみたいな。。。。

もしかしたら。
そのとき。

TTさんの前で、膝を押し広げられているわたしは。

もしかしたら。

TTさんの前じゃなくて、ブログを見ている誰かの前で、膝を開いていたのかもしれない。

そんなことを思っても。
誰にも言えないし、言おうとも思わないし。

だけど、誰かのことまで考えてしまったのは確かなことで。

そんなことが、誰にも言えないブログの中身なのかなと思います。

わたしは書くことや、思い出したり考えたりすることを、楽しんでいます。

それを見ている人は、きっとわたしのブログの中に、自分を登場させているのかもしれないと思っています。

見ず知らず。

お互いに面識はないけれど。

誰かと誰かを重ねているのかな。

わたしは、そういうことがあるかもしれないと分かっていて。
ブログを書いているのかもしれないです。

コメント

  1. アーモンド より:

    みんな無意識のうちに想像が働いて
    夫々の「ゆうさん」が頭の中に
    居るのかも知れないね
    旦那さん、TTさん、A君、西さん、旦那さんの友達
    あと温泉マッサージの先生とかも勝手に頭の中で
    イメージが出来ている気がする
    私だけでしょうか

  2. 通りすがり より:

    ゆうさんの服の中を見ているのは、TTさんだけじゃなくて僕もですよ。
    そんな間近で覗き見ているような気持ちでいます。

  3. ポナペティ より:

    書き手も読み手も、それぞれの好みで楽しめる…いいじゃあないですか!
    読み手に疑似体験してもらえるブログ~素晴らしいです!

  4. 匿名 より:

    ブログを読んでその状況を想像はします(^^;
    もしその状況で俺なら・・って思ったりもします
    でも、やっぱり実際のゆうさんに触れられるのは羨ましい